【Art】北斎のキャットストリート | HAPPY PLUS ART「江戸コードを読み解いて、東京のツボを知る」
今夜の「クローズアップ現代」は「地図力」。コメンテーターの先生がこんなことを言っていた。
「歴史が時間を、地理が空間を。縦と横があって、はじめて世界を理解できるのです」
これ、とてもよくわかる。歴史をたんなる「物語」ではなく「現代とつながる私たちの過去であり、未来へのヒント」として考えるきっかけとなるいちばんのきっかけが、街歩きだと思うからだ。
旅行に出かけたとき、人はよくその土地の名所旧跡を訪ねる。旧跡とは、その名のとおり歴史の痕跡のことだ。歴史好きの私は、旅に出るとやはり城を目指してしまう。フランスのロワール河畔の古城群制覇が将来の目標だし、仕事で京都へ行ったらたとえば「池田屋跡の居酒屋で一杯」と盛り上がる。
でも、いちばんドキドキするのは日常のなかでその痕跡を見つけた時のときめきだ。牧野健太郎さんの「江戸コードを読み解いて、東京のツボを知る」で、そのときめきを存分に味わってきた(2/4)。
牧野さんはNHKプロモーションのプロデューサーで、コラム「浮世絵コードで江戸を読む」の著者。2003年にボストン美術館と共同で「浮世絵デジタル化プロジェクト」を立ち上げ、約2万点をデジタルアーカイブ化した人だ。
軽妙な語り口の牧野さんはまず、冒頭の葛飾北斎『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』のコードを細かく説明しながら、フランスで浮世絵を紹介したときに言われた「世界で二番目に有名な絵」のエピソードを教えてくれた。
「この山が富士山ならば世界遺産間違いなしですね」とうれしいご評価。
「この『絵画』ならば世界の美術館が所蔵していて、時々展示してくれて、美術本にもよく扱われて、とても有名ですよ。」と、更に重ねて「この美しい、その富士山の絵画は世界で二番目に有名な作品です」と言われ、うれしいような、虚を突かれたような。
「じゃ!一番有名な絵は何ですか」と彼女に聞きました。
それは『モナリザ』です。レオナルド・ダ・ヴィンチさんによって描かれ
仏国・ルーブル美術館に所蔵・展示されている「永遠の微笑」のあの作品です、と。
(日刊ハピプラアート「浮世絵コードで江戸を読む」より)
世界で二番目とは、さすが北斎!
Claude Debussy: La Mer; Philharmonia Orchestra ...
エクレアになったりするわけである。
ちなみに今年中に、プロダクションIGの新作映画にもなる予定だ。
『百日紅』は杉浦日向子原作の名作マンガのアニメ化で、英題はHokusai's Daughter。昨年の東京国際映画祭でパイロットフィルムを観たが、北斎の娘・お栄さんのいなせな魅力と「神奈川沖」の波が動くシ―ンの美しさだけで、期待が募る。
さて、この「神奈川沖」が現在のみなとみらいあたりらしい、というオープニングトークだけで心をつかんでゆく牧野さん。つづいて「始発の渋谷から、銀座線を辿ってみていきましょう」 とおっしゃる。これが、描かれた渋谷駅(歌川広重『不二三十六景 東都青山』)。
宮益坂の上にある富士見坂から西、つまり現在の渋谷駅を見下ろした風景だ。江戸の大名屋敷は青山のあたりまで広がり、お侍はそこから江戸城まで徒歩で通った(!)。渋谷はそのはずれという雰囲気。ご存知のとおりただの谷だった。
表参道に移動すると、ちょうどいまのラルフローレンのあたりに渋谷川が流れていて、こんな水車があったらしい(葛飾北斎『富嶽三十六景 隠田水車』)。
今私が住んでいる代々木八幡の界隈(八幡村)も遠目に見える。ご近所の代々木八幡神社が古いお社だということさえ、この日初めて知ったことだった。
「表参道」という地名にこそ歴史があるように錯覚するが、考えてみたらあれはまさに“明治”神宮の参道なのである。江戸時代は田畑が広がりこんなに牧歌的な風景だったなんて、考えただけでわくわくする。ちなみに渋谷川はいまは暗渠となり、キャットストリートと呼ばれている。
外苑前まで行くと、こんな美しい富士山が見られたらしい(葛飾北斎『富嶽三十六景 青山円座松』)。
この舞台は南青山三丁目の交差点を青山ウエストや国学院高校のほうに上って行ったところにある龍巌寺の境内。かつて「円座の松」と呼ばれるこのとおり見事な松の木があって、江戸の人々に愛されていた。寺がその松を大切に手入れしていた様子が、左端に枯枝を掃き清める作男が隠れていることで伝わってくる。北斎はディテールの鬼だ。
ちなみに近くには勢揃坂という古道がいまでもある。これは源氏坂とも呼ばれるほんとうに古いもので、1083年に後三年の役で奥州出陣する武士たちが集合したと伝えられている。勢揃坂の西側には、1964年のオリンピックのために整備された外苑西通り(キラー通り)が並走している。
と、まあ、こんな具合で溜池山王、虎ノ門あたりまでいったところでタイムアップになってしまった。正直、まだまだ聞きたいくらい面白かった。牧野さんのお話の巧みさもさることながら、やはり自分が暮らす土地だったことが大きかった気がする。
講演のあと、偶然一緒になった藁科早紀ちゃんと「浮世絵街歩きをしたいね!」と盛り上がった。暮らしたことのない土地でも、「いまここに立っている」という感があれば、それもまた感慨深いだろう。この企画はぜひ、実現させたいと思っている。