【Books】芸術と才能、そして男たち | 『さよならソルシエ』他
こんにちは、高野麻衣です。
6月ももう終わり、2013年もあっというまに半分ですね。総括しようとして目を見張ったのが、あいかわらず圧倒的なマンガ界の勢い。花園ガールズ御用達の定番はもちろん、今年新たに連載をスタートした注目作がいま、続々リリース中です。
なかでも、書店を席巻しているこのブルーの表紙、ご存知ですか? 『さよならソルシエ』(穂積、小学館)。19世紀パリ、画壇にセンセーションを巻き起こした天才画商テオとその兄フィンセント――あの、ゴッホ兄弟の絆と確執を描いた伝記ロマンです。
歴史を愛する私のような人間にとって、懸命に時代にかけぬけていくチーム男子はたまらない題材。革命がきらいな女の子はいませんが、その戦場がアートならば、いとしさもせつなさも2倍増しです。フィンセントが描いた絵からは、まるでとめどない音楽のように、情感が流れ込む。 なによりもやられた!とうめいてしまったのが、主人公テオのキャラクター造形。白抜きの髪に粋な装い、飄々と無頼を気取りながら、権力者の鼻を明かす天才画商。なんて痛快なヒーロー!
「――いつの世も 体制は内側から壊すほうが 面白い」
新しい絵画(=兄?)への静かなる愛と闘志で、トゥールーズ=ロートレックを中心とした若い画家たちのリーダーとなるテオ、「喪失者」となることが宿命づけられたテオが、あまりにオスカー・ライザー、あるいは銀さん的(※個人的見解です)。1ページ目から恋に落ちてしまいました。
「さよならソルシエ(魔法使い, bon au revoir, Sorcier)」。物語はいま、時代の変革への熱気を孕んではじまったばかりなのに、その寂しげな響きが、変えることのできない歴史を予感させ、胸をしめつけます。オーベル=シュル=オワーズに並ぶ兄弟の墓にはこの夏、数多くの日本人女性が花をたむけにゆくことでしょう。
つづいて『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ、講談社)。これもまた、落語に魂を売った男たちの才能と愛憎の物語です。 名人・有楽亭八雲と、彼に引き取られた小夏の父・助六の因縁を描いた過去編も、いよいよ佳境。正反対な性格のふたりは兄弟のように育ち、ともに落語への愛を誓うのですが、戦後急速に変わっていく客のために「新しい落語を」と息まく助六がとうとう破門されてしまう。相棒が去り、父代わりの師匠をも亡くした菊比古(八雲)が、高座を重ねるごとに壮絶な色気をまとっていきます。
さあ 正真正銘、独りになった 静かだ なんて美しい これがアタシの心底欲した孤独
才能って、なんなんでしょう。それはもしかしたら、恋に近いのかもしれません。
なにかに死ぬほど恋い焦がれ、愛し抜くことができた者だけが手に入れられるもの――それこそが、才能なのです。芸術への恋。ライバルへの恋。劇場への、観客への、創造することへの恋。だからこそ高座での菊比古は、あんなに恍惚としているのではないでしょうか。
先ごろ発売された4巻の表紙は、江戸の橙色に6月の紫陽花をあしらったみよ吉さん。菊比古を愛し、恋に破れたのちは、その傷をなめあうように助六の女房となる彼女はまた、私の大好きな「第3の女」のひとり。小林かいちか、いっそバルビエのイラストのような色彩は、手に取るだけで幸せ。わが家では現在、本棚に面陳しています。
最後にご紹介するのは、『MAMA』(売野機子、新潮社)。『薔薇だって書けるよ』(白泉社)でデビューした短編の名手の連載作品は、まさかのギムナジウムものでした!
舞台はChoir(クワイア)の寄宿舎。「貧しい家のために」入団したガブリエルと、「自らの才能を試すために」入団したラザロ。神の恩寵は、ガブリエルに降りかかるように見えたが……。齢10歳の少年たちといえど、才能の問題は切実です。愛されることと、才能とは、両立しえないの?
このChoir、一見ウィーン少年合唱団のような組織なのですが、どこの国なのか、いつの時代なのかは明かされないファンタジーになっています。加えて、どこかSF的でもある謎めいたストーリーテリング、80~90年代の「ウィングス」を思い出すカラーの色合い(ピンクの髪とか)――萩尾望都、竹宮惠子ら24年組の粋から、長野まゆみ、鳩山郁子、西炯子に高河ゆんまで。わが青春の「少年クロニクル」がぎゅっと濃縮還元されたかのようなデジャ・ヴュの連続に、めまいがするほどの多幸感を味わいました。
それ自体が歌っているようなモノローグも、ヨーロッパへのあこがれがたっぷりつまったディテールも、すべてを愛してる!
以上、2013年上半期の私的ヒットリストでした。もちろん、ほんのほんの一部です。
私はあまりジャンル・オタクにはなれない性質で、マンガや音楽はもちろん、小説もアートも映画も宝塚も、好きと思ったものにはなんにでも夢中になってしまいます。唯一の定点観測物=時代。結局、私の核は「歴史」なんだと思います。
そんな私でも、いや、いろんなジャンルに浮気してしまう私だからこそ、マンガはすごい、いまの日本の文化の中心といって間違いないと確信を持っています。次から次へとすごい作家や編集者が現れ、ゆるやかにサークルを作り、メジャーが経済を動かす一方で、まさに変革の矢面に立つような雑誌が乱立し、それを読みこなす読者がいて、すぐれた二次創作まで生まれる――こんなジャンル、ほかにはありません。
マンガの世界がなによりすごいのは、まさに時代のトップを走り抜けている人々のなかに「もっとおもしろいものをつくりたい」という情熱があることです。「いかに受け手のほうを向いているか」ということでもあります。王者の余裕、なのかな。
いつだってマージナルな私からしてみれば、それはゴッホ兄弟や八雲たちを眺めているのと同じ、熱い歴史、物語なのです。願わくは私は、この物語を後世に伝える語り部になりたい。それが私にとっての恋だ、と最近よく思うのです。
(花園magazines初出)