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晴雨計 第13回 「岩船大祭」

都会で働く娘が故郷の家族との電話するシーンの決まり文句に、「正月は帰ってこられるの?」がありますよね。私の場合は年3回。10月のこの時期にも、必ず問われるのです。「祭は帰ってこられるの?」。

なにしろ私は、村上市の港町・岩船の生まれ。岩船の人間にとって、10月19日の「岩船大祭」は1年のクライマックスです。故郷には、「盆正月より祭に帰る」ような祭バカが多いのです。父は典型的な祭バカ。父に似たわたしは確実に、その血を継いでいます。今年は仕事が終わらず帰れなかったのですが、母、祖母、妹からもおなじ質問をされて、くやしい思いをしました。

 

「岩船大祭」は、1300年の歴史をもつ石船神社の祭礼。祭礼自体の歴史はつまびらかでありませんが、少なくとも戦国時代の平林城主・色部氏の記録には残っていたはずです。京都の貴船明神を合祀した歴史から、いまでも町のひとは神社を「明神様」と呼ぶのですが、そのせいか「おしゃぎり」と呼ばれる山車も京都スタイル。9台あるおしゃぎりには、各町内の子どもたちが乗り込みます。

私も子ども時代、男の子に混じっておしゃぎりの「乗り子」をしていました。裃にポニーテールの男装で歌う祭囃子が大好きでした。男子は15才からおしゃぎりを曳く「若連中」になりますが、当時は女が曳くことは禁止されていたので、「笛吹」として乗り子をつづけたくらいです。

 

このお囃子や、祭礼に付随するさまざまな「音」が、音楽としてあまりに美しいことに気付いたのは、大人になって町を出てからのことでした。未明から静かに響いてくる、魔よけの先太鼓の音。鉦の音。石船神社を舞台にした「御魂遷し」の神事。玉槍、御神輿、御船様、御神馬が、猿田彦命の装束に身を包んだ先太鼓に導かれて石段を下る。神々しい、神話の一場。

祭りの主役である浜の衆が本木遣りを歌いはじめると、先太鼓もおしゃぎりのお囃子も鳴りやみます。静寂に響く、「木遣り上げ」の高音。独特の節回し。十年に一人の美声に浜の衆の太い声が重なる。勇壮な漁師の祭り、と形容されることの多い祭礼が持つ、意外すぎるほど優美な横顔に、心臓を鷲掴みにされました。

このスペクタクルを書き記すことは私の使命のひとつと、心に決めています。祭はやっぱり私の核であり、誇りなのです。

 (2013年10月25日付「新潟日報」初出)