【Books】甘党紳士礼讃 | 『失恋ショコラティエ』他
こんにちは、高野麻衣です。
秋深まり、冬支度も佳境に入るこの季節。わたしは毎年、大変なチョコレート中毒に陥ります。チョコレートがないと目覚めない、鞄にタブレットがないと落ち着かない、というのは通常仕様なのですが、この秋はとりわけ深刻なんです。
見目麗しいボンボン。 噛み砕いた瞬間、プラリネがあふれだすトリュフ。 こってりと、舌にからみつくように濃厚なムース・オ・ショコラ。 秋の夜長の冷えた体を温めてくれる、ほろ苦いショコラ・ショー。
もはや一日中チョコレート。表参道や丸の内でちょっと休憩と言うときも、迷わずショコラティエを選んでしまいます。美しい店内装飾と小さなサロン・ド・テ。箔押しの外箱に、アラベスク模様のハトロン紙。魅惑的なフランス語と、甘い匂い――その幸福が味わえるなら、ランチがわりに毎日だってかまわない!
そんなチョコレート・フェチのための作品が、夏の終わりにたてつづけに登場しました。たとえば『その男、甘党につき』(えすとえむ、太田出版)は、上に記したチョコレートの美しさ、セクシーさ、そして人恋しさや懐かしさまでをも内包した「チョコレート短編集」です。装丁もチョコレートの外箱のように凝っていて、中の印刷はすべてチョコレート色。こんなにもおいしそうな本、存在していいのでしょうか。
おいしそうなのはチョコレートだけでありません。チョコレートはある意味、男性とセットになった女の嗜好品。『あしながおじさん』のように箱入りチョコレートをプレゼントしてくれる紳士もいれば、一緒にショコラティエめぐりをしてくれる紳士にもいるわけで。
パリの街の片隅で飄々と日暮らしながら、出会った人を静かに刺激し去っていく主人公ジャン=ルイの佇まいは、わたしにとって『銀魂』の銀さんに通ずる甘党紳士ぶり。虫歯に苦しんだあげく「形が似ているから」という理由でキッシュ・ロレーヌをむさぼる様子に、母性本能を鷲掴みにされました。
「ショコラの前には どんな理屈も無力ですよ」
そんなジジャン=ルイのことばに、ショコラはやっぱり恋とおなじなのだ、と再確認です。まさに『失恋ショコラティエ』(水城せとな、小学館)がくりかえし教えてくれるように。
『失恋ショコラティエ』は個人的に、レビュー誌などで2010年から連続上位3位以内にランクインさせてしまうほどエポック的な作品です。新刊が出るたびに打ちのめされ、9月の7巻発売からしばらくは、発言するのも難しかったほどです。あまりにもリアルが語られすぎていて――。
この作品の主人公・爽太はチョコレートを作る側の人間、ショコラティエです。チョコレート好きな先輩サエコへの恋がきっかけで人気ショコラティエに上りつめますが、彼女はすでに人妻。片想い仲間のえれなや店のメンバーも巻き込んで、複雑な人間模様が描かれる、というのがよくいわれるあらすじ。
ただ私は、その人間模様は複雑なんじゃなくて、リアルすぎるだけなのだと思う。爽太とえれなの「男女バディ」関係は、関係をもった時点からよくある恋愛の形でもあったし、強烈な憧れを前にしてその恋愛が霞むのもとても納得がいく。「片想いは恋愛か否か」という命題についても、爽太の親友オリヴィエが当初から名言を残しています。
爽太がサエコを好きになったことで こんなお店ができたのなら それはすごく価値のある恋愛だ
そして最新7巻では、爽太自身がこの思想をリフレインします。
――ああ、これが恋だ 正も誤もない これが、恋だ
私がこの作品を好きな理由は、チョコレートと恋と仕事=生きること(La vie)が、どこまでも同列に語られているところです。
ガラスケースの中のチョコレートのように極端な4タイプの女性が登場し、「私は●●派」とおしゃべりできるのも魅力のひとつでしょう。私はよく「サエコが好きでしょ」と言われるし、著書でもフィーチャーしたぐらい彼女の生きざまを痛快に思いますが、誰よりも共感するのはじつは主人公・爽太です。
何が正しくて何が間違っているのか、冷静に考えている自分はいるのです。それでも、生きること同列だからこそ、爽太はサエコにこだわりつづける。その葛藤が仕事の糧になることも理解しつつ、打算だけではなく、情熱のおもむくままに。
昔、「あなたの取材対象に対する惚れこみようは才能だね」という言葉をいただいたとき、うれしかったけれどピンとはきませんでした。それがわかるようになったのは、『失恋ショコラティエ』に出会えてからです。私はいつだっていろんなものに恋をしていたいし、そういう才能があってよかったと、いまは思っています。
もし、この作品を「片想いとチョコレート」というファンシーな外箱だけで敬遠している人がいるなら、それはあまりにももったいないことです。ついに実写ドラマ化第一報が飛び込んできたこの作品、お早めにどうぞ、ご賞味くださいませ。
▼水城せとな先生のインタビューを収録した拙著『マンガと音楽の甘い関係』はこちら。サエコさんの配役のヒントがつかめるかも?