【Art】ぼくらの帰る場所 | 「機動戦士ガンダム展 THE ART OF GUNDAM」
「大気圏突入!」というセリフに興奮しない人がいるだろうか。
ホワイトベースのメインブリッジを模したスペースで、大気圏突入をめぐる戦いを体感する。ブライトやミライの作戦指揮、目の前で繰り広げられるガンダムとシャアザクの戦い――『機動戦士ガンダム』の世界観に一気に没入できるこのシアターは、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の「機動戦士ガンダム展」のオープニング・アトラクションだ。
舞台は、人類が増え過ぎた人口を宇宙へ移民させた「宇宙世紀(U.C.)」。宇宙移民の国「ジオン公国」が地球連邦に対し独立戦争をしかける。『機動戦士ガンダム』は、戦いに巻き込まれた少年アムロ・レイが、連邦の新兵器ガンダムを操縦して戦い、成長していく物語である。1979年にTVアニメとして放映後、翌80年に発売された「ガンプラ」、81年から公開された劇場版3部作の大ヒットによって社会現象となった。
リアリティある近未来のSF設定、モビルスーツ(MS)と呼ばれる人型兵器の戦闘シーン、そして戦時下での重曹的な群像劇。作りこまれたドラマはロボットアニメのイメージを一変させ、シャア・アズナブルなど、敵味方にかかわらず多くの魅力的なキャラクターを生み出したのである。
この展覧会では、作品制作に使われた貴重な資料約1,000点を、4つのコーナーを中心に展示している。たとえば富野喜幸(現:由悠季)らによる脚本やキャラクター設定の変遷(シャアは最初からブレがない)や、
中村光毅による宇宙空間を舞台にした背景の美術。頭上の天体模型も圧巻だった。中村はスペース・コロニーや宇宙要塞などの巨大建造物から地球上の何げない風景まで多岐にわたる背景画を手がけ、その後も『風の谷のナウシカ』など多くのアニメ作品で美術監督を務めたという。
なにより圧巻だったのが、キャラクター・デザインと作画監督を務めた安彦良和の膨大な「アニメ原画」である。図録に収録されたインタビューで、富野はこのように語っている。
時の運です。例えばあの時、第1話の絵コンテは僕が描いたけれど、それを元に作が監督の安彦良和さんが描いた原画は絵コンテ以上に良くなっている。それをスタッフが動画にしたのを見た時、安彦さんは「ふふふ」ってほくそ笑んでいた。自分が思った以上に動いていたからでしょう。人に恵まれた、としかいいようがない。
アニメの絵コンテをひとつひとつイラストレーションとして書き起こす情熱と、あふれんばかりの美意識。やっぱりアナログっていいな、と熱い気持ちになった。
それにしても私は、シャア・アズナブルが好きすぎる。
半分以上はシャア愛にあふれた安彦良和のせいだと思っている。大人になってこの初代「ガンダム」に出会った私にとって、「ガンダム=安彦キャラの青春群像劇」「ガンダム=THE ORIGIN」なので、先生の原画がたくさん見られたのがうれしかった。先生のシャアはほんとうに泣きたくなるほどかっこよくてうれしいのだが終盤はほんとうに「かっこいい」しか言えなくなって、なんだかくやしかった。
壁のいたるところに書かれた名台詞の数々もすばらしい。
ごめんよララァ、僕にはまだ帰れるところがあるんだ。こんなにうれしい事はない。
私が訪れた内覧会には声優の古谷徹が来場し、会場内をめぐりながらこうしたセリフを再現してくださったのだが、そうした実際の「声」がなくても、すべての文字から「声」が浮き上がってくるのに感動した。会場にあふれる名言の数々が、名曲のフレーズみたいに脳内再生されたのだ。
名作には、年代性別を問わず一瞬で仲良くなれる共通言語感がある。しかしここまでの一体感はひさしぶりだった。展覧会のラスト、ボロボロになったガンダムの頭部(実物大)が展示され、こんな文字が添えられていた。
なんとも言えない気持ちでそれを眺めながら、
「しかしこの7年後、グリプス戦役によって再び戦いの火蓋が切られることを」
「「私たちは知っている」」
とみんなでハモってしまった。これが古典か。
『機動戦士ガンダム』以降、『機動戦士Zガンダム』から『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』まで、テレビシリーズ、映画、OVAなど40作以上が制作された。2009年には30周年を記念し東京・台場に「実物大」ガンダム立像が建てられ、今年は安彦良和の大ヒットコミック『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』がアニメ化されているほか、秋からは『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(監督:長井龍雪 脚本:岡田磨里)がスタートする。