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【Music】もうひとつの回想録(メモワール)| 『マリー・アントワネットの音楽会』

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CD『マリー・アントワネットの音楽会』発売から3日。

1789年、革命前夜。34歳の王妃が人生を振り返り、薔薇の茂みに囲まれた別邸プチ・トリアノンで打ち明け話をする。彼女は、どんな音楽を選ぶだろうか――そんな「空想のプレイリスト」から出発したコンピレーション・アルバムが、おかげさまで大反響をいただいている。

mikiki.tokyo.jp

今回は、コンピレーションの選曲秘話を交えながら、「王妃の回想録(メモワール)」を彩る16の音楽を詳しくご紹介していきたい。

 

1§ ゴセック:2つのハープと管弦楽のための協奏交響曲ニ長調 第1楽章 

今夜は、私の密やかな音楽会へきてくれて、ありがとう。

最初にお聴きいただいたのは、ゴセックのハープの音楽。今宵はあなたに、私が生まれてからこれまでの思い出を、懐かしい音楽と一緒にお話ししたいと思っています。

ということで、1曲目は王妃が愛した楽器ハープから。

オープニング・テーマなので「優美で可憐なロココ音楽」を意識し、1779年に初演されたバレエに『ミルザ』に使用され大流行した曲で、マリーの絶頂期とも重なるイメージ。作曲者ゴセックは、コンデ公やコンティ公に仕えたのち2つのオーケストラを創設した当時の大物音楽家だ。

演奏は、ワーナーのエラート・レーベルが誇るバロック音楽のカタログから、名ハーピスト、リリー・ラスキーヌとオデット・ル・ダンデュ、フランソワ・バイヤール指揮バイヤール室内管弦楽団によるもの。音楽史家でもあるによるバイヤールの「空想の音楽会」シリーズも、本作の大きなインスピレーション源となった。 

エラート録音集大成

エラート録音集大成

 

 

グルック:歌劇「オルフェとウリディス」~ウリディスを失って

グルック:歌劇「オルフェとウリディス」~精霊の踊り 

2曲目からはマリーの少女時代に戻り、ウィーンでこの皇女の音楽教師を務めたグルックを紹介する。

マリーがこの世に生を享けたのは、1755年11月2日のこと。言わずもがな、実家のハプスブルク家は大帝国に君臨する名門だ。にもかかわらず、ウィーン宮廷は暖かく家庭的な雰囲気であふれ、女帝マリア・テレジアの16人の子どもたちは、合唱したり劇をしたりと芸事に力を入れて育てられた。

マリー本人はヒンナーによるハープのお稽古のほうが好きだったらしいが、クラヴサンの手ほどきをしてくれたグルックの圧倒的な才能も尊敬していた。のちにグルックがかつての教え子を頼ってパリに進出したときも、パトロンとして彼を庇護した(映画『マリー・アントワネット』より未公開シーン参照)。

王太子妃となって数年後、あの懐かしいグルックがフランスにやってきたときの喜びを、いまでも思い出します。過ぎ去ったウィーンの少女時代――もしかしたらそれを、グルックの音楽は象徴しているのかもしれません。


Marie Antoinette Deleted Scene-Second Opera(good quality!)

演奏は気高きズボン役メゾ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(2)と、フルートの王様エマニュエル・パユ(3)。パユのアルバム『フランス革命時代のフルート協奏曲集』も興味深い内容だった。

モンテヴェルディ 他: バロック・オペラ歌曲集 (Sogno Barocco / Anne Sofie Von Otter, Sandrine Piau) [輸入盤]

モンテヴェルディ 他: バロック・オペラ歌曲集 (Sogno Barocco / Anne Sofie Von Otter, Sandrine Piau) [輸入盤]

 
ドヴィエンヌ、ジアネッラ、グルック、プレイエル ~フランス革命時代のフルート協奏曲集

ドヴィエンヌ、ジアネッラ、グルック、プレイエル ~フランス革命時代のフルート協奏曲集

 

 

ジャン・フィリップ・ラモー:歌劇「プラテー」~素晴らしいコンサートを

1770年4月21日、14歳のマリーはウィーンを去り、フランス王太子妃に。

ヴェルサイユに新しく建てられたオペラ劇場での祝宴は、舞踏会に演劇、バレエ、音楽に花火など、休みをはさんで2週間続いた。公式訪問したパリの民衆の熱狂もまた、アントワネットの記憶に焼き付いたことだろう。

一週間後、私は再び夫ともにパリへ行き、オペラを鑑賞しました。すばらしいアリアが終わったとき、私は感動のあまり立ち上がって拍手をしました。曲のあいだの拍手は許されていない――そんなルールより、音楽家たちへの賛辞を示したいと思いました。すると、観客たちはみんな、私にならって拍手し、やがて劇場は鳴りやまぬ拍手と喝采に包まれました。

ああ、これだから私は、パリが大好きだったのです!

ここでは、そんなマリーの浮き立つような気持ちを、当時数多く上演されていたラモーのオペラに託した。歌唱は、ワーナーのライジングスターのひとり、フランスのソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエル(動画はパトリシア・プティボン)。素直そうな人柄がしのばれる、伸びやかで清々しい歌声だ。


Patricia Petibon - Emmanuelle Haim - Rameau - Platée - Scène de la Folie (In praise of folly)

ラモー:壮大なる愛の劇場

ラモー:壮大なる愛の劇場

 

 

5-6§ シャルパンティエ:「ヴェルサイユの楽しみ」H480~序曲/すべてのものよ、私の魅惑的な優しい楽の音に屈伏しなさい。

 一方で、ヴェルサイユの生活は少々、窮屈なものでした。

1774年、ルイ15世の逝去により、夫が国王ルイ16世に。マリーはフランス王妃となった。それでも曾祖父・太陽王ルイ14世が決めたヴェルサイユのしきたりは守らなければならない。アントワネットは侍女がいなければ、水を飲むことすらできなかった。

ここでは、パリでの楽しい気分と対照的な、バロックの重厚なディヴェルスマンを探したが、ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサンの『ヴェルサイユの楽しみ』にひと聴きぼれ。物語のなかでマリーに「窮屈」と語らせながらも、端正な美に聴く人がはっとしてくれることを願いながら、2曲つづけてセレクトした。

シャルパンティエ:ヴェルサイユの楽しみ

シャルパンティエ:ヴェルサイユの楽しみ

 

 

7§ ナーデルマン:アングレーズ・ロンドレット 作品92

8§ ジャン=ジャック・ルソー:幕間劇「村の占い師」

~愛し方をよく知っていると、人生はなんと愉快なことでしょう!

「窮屈」な宮廷生活の慰めは、大好きなハープだった。

“王妃の御用達ハープ職人”ナーデルマンの小曲を、再びラスキーヌの演奏ではさんだあとは、このアルバムならではの楽曲のひとつ、啓蒙思想家ジャン=ジャック・ルソーのオペラをご紹介する。ルソーは音楽家になるのが夢だったが、うまく軌道に乗らぬまま文筆で成功した。

革命の火種となった啓蒙思想はマリーから縁遠いイメージだが、ミーハーな彼女は当時大流行のルソーを読んでいたはず。このオペラも、観たり演じたりしたかもしれない。

ちょうどこの頃、「自然」にも目覚めました。人気作家ルソーが唱えた「自然」は、まさに私が求めていたもの。そんな暮らしを実現する舞台として、陛下が戴冠の記念に贈ってくださった小さな離宮を選んだのです。陛下はこうおっしゃいました。

「あなたは花を愛するそうですね。だから私はあなたに、花束を贈ろう。このプチ・トリアノンを」

Les Musiques De Marie-Antoinette

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社会契約論 (岩波文庫)

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ルソーとフランス・オペラ

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9§ クープラン:神秘的なバリケード (第6組曲

プチ・トリアノンをすっかり気に入ったアントワネット。

1778年に王女マリー・テレーズ、1781年には王太子ルイ・ジョゼフ・グサヴィエ・フランソワが誕生し、母として幸福の絶頂に。刹那的なパーティー生活は卒業し、緑豊かな別邸にこもるようになったマリーの心境を、謎めいたタイトルのこの曲で表現した。

青、緑、菫色。大好きな花のモチーフ。お気に入りのものだけに囲まれたプチ・トリアノンで、白いリネンのドレスを着て、子どもたちと戯れる。咲き誇る花々や木々はまるで、美しいバリケードのようでした。 

演奏は、全体の雰囲気からオリヴィエ・ボーモンによるクラヴサン演奏を選んだが、スコット・ロス(動画)を彷彿とさせるワーナーの若手ジャン・ロンドーのモダン・ピアノ演奏にも注目。


Scott Ross - Les barricades mystérieuses (François Couperin)

VERTIGO ~ロワイエ/ラモー:クラヴサン作品集

VERTIGO ~ロワイエ/ラモー:クラヴサン作品集

 

 

10§ モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲 K299 ~第2楽章 アンダンティーノ

同じころ、パリにやってきた同郷の音楽家モーツァルトの噂を聞くこともありました。少女時代、故郷の宮廷で評判だった天才少年です。

 日本では『ベルサイユのばら』によって周知されたツヴァイクの言説により、「アントワネットといえばモーツァルト」というオーストリア史観が定番だが、研究によれは彼女は同い年のポップスター、モーツァルトの音楽の大ファンというわけではなかったようだ。

史実はともかくせっかくなので、ここではモーツァルトがパリ時代、現地の流行を取り入れて作曲した最もロココ的な曲の一つをご紹介した。

回想録でマリーが「音符が多すぎて騒々しく感じたけれど」と語っているのは、映画『アマデウス』での彼女の兄ヨーゼフ6世の発言へのオマージュ。あれか、 と気づいていただけたらうれしい。


Mozart- Flute and Harp Concerto- ii. Andante

モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲、フルート協奏曲第1番&第2番

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11§ マリー・アントワネット:それは私の恋人

プチ・トリアノンには、アントワネットの親しい友人たちしか入ることができなかった。パリのオペラ座を小型にしたような愛らしい劇場で、彼女はそんな仲間たちと「貴族一座」を旗揚げし、羊飼いの娘やお針子に扮して現実逃避をした。

16曲の自作の音楽も披露しました。人気詩人ミュッセやフロリアンの詩に自分で作曲し、甘やかな恋を歌うのです。この新しい創作活動に、私は没頭しました。

今回は光栄にも、この『それは私の恋人』の対訳も担当させていただいた。ミュッセの田園詩は、まるでマリー本人の言葉であるかのように生き生きしている。 


C'est mon ami (Marie-Antoinette): Yvonne printemps..avec Paul Durand

 

12§ クルムフォルツ:ハープ協奏曲 第6番 作品9~第2楽章

1785年の夏、衝撃的な出来事がありました。「王妃の首飾り」と噂された、あのおぞましい事件。

ここから雰囲気は、革命の予感に覆われたせつないものとなる。

病弱な王太子のこと。三部会開会に向けて揺れる政界のこと――“運命の1789年”も序盤はまだ希望に満ちていたと言われているが、もしかしたら王妃も、漠然とした将来への不安を感じていたのではないか。

クルムフォルツのこの曲自体は革命とは関わりなく、ただ、あまりに美しい短調のメロディに惹かれて選んだ。独奏はやはりリリー・ラスキーヌ。 

 

13§ グルック:歌劇「オーリードのイフィジェニー」序曲

最近、思い出すのです。王太子妃時代、グルックのオペラ『イフィジェニー』と、イタリアからやってきたピッチーニのオペラをめぐって、先王の愛妾デュ・バリーと争っていたときのことを。

この曲は、今回のコンピレーション企画にあたって最初から決定していた、ヴェルサイユ宮殿《監修》マリー・アントワネット展VR再現展示「王妃の図書館」使用曲。

19世紀の重厚なワーグナー編曲版ではあるが、引用のとおりマリーが大きく関与した作品だし、VRのメインで流れる「それは私の恋人」との対比がドラマティック。ぜひ会場でもお試しいただきたい。

VRと音楽で再現された「王妃の図書室」by #Naked。#marieantoinette #exhibition #art #life #マリーアントワネット展 #マリー展 #内覧会

www.ntv.co.jp

 

14§ クープラン:子守歌、あるいはゆりかごの愛

15§ ラモー:歌劇「カストールとポリュックス」~哀しい支度

神様はときに、私たちに残酷な試練をお与えになります。

マリーの母としての愛を象徴するクープランをはさんでクライマックスの1曲に選んだのは、ラモーの「悲しい支度」。

これは完全に映画『マリー・アントワネット』の影響だ(動画)。タイトルも歌詞もせつない音楽も、やがてヴェルサイユを去っていくマリーにぴったり寄り添い、これ以外には考えられなかった。

「遠い日に私を愛してくれた人びとのために、王妃として、そして未来の国王の母として、誇り高く生きたい」――そんなマリーの心境をつめこんだ。


Castor et Pollux - "Tristes Apprets" de Rameau. Marie Antoinette

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16§ マルティーニ:愛の喜び

ラストの余韻に。カウンターテナー、デイヴィッド・ダニエルズの歌唱とクレイグ・オグデンのギターが、すべてをやさしく癒す。

この曲に包まれながら、王妃の回想録の最後のページを閉じてほしい。

もし、世界から取り残されたように孤独な夜があっても、私は世界を愛そうと思う。それだけでいいのです――だって私には、たくさんの愛の記憶があるから。


Marianne Faithfull Plaisir d'amour

wmg.jp 

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マリー・アントワネットの音楽会

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