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続 その高貴なる女

■パリ、現在
バレエ・リュスを生み出したパリは、いまも「過去と現在」を踊り続ける。
象徴的なのが、「オペラ・ガルニエ」と「オペラ・バスティーユ」。
第二帝政の威容を放つパリの象徴と、ミッテラン政権下に計画された新しいカルチャーの発信地。

「もちろん、パリ・オペラ座バレエ団はクラシック・バレエの殿堂だ」
と、以前、マニュエル・ルグリが語っていた。
なにしろ歴史は「踊る太陽王」、ルイ14世の時代までさかのぼるのである。
みずからもまたダンサーとして舞台に上がったほどの、バレエ愛好家だ。
彼が音楽アカデミー(オペラ座の前身)を創ったのも、ヴェルサイユ宮殿を造ったのも、バレエや音楽を愛する一心から。*1
ジェラール・コルビオの傑作『王は踊る』を観ると、バロック時代のバレエや音楽、フレンチ・オペラの始まりなどが、ドキュメンタリーのように生々しく語られていく。
19世紀のヨーロッパを席巻したロマンティック・バレエが生まれたのも、このオペラ座
初演作品である『ジゼル』は、オペラ座アイデンティティですらある。

一方、映画『エトワール』に描かれたように、ダンサーたちはバレエ学校時代から厳しい訓練を受け、自分を律する心構えも叩き込まれる。
「だからこそ反対に、自由であるともいえるんだよ」
とルグリは続ける。
「厳しいディシプリン(自己鍛錬)を知っているからこそ“解放”や“新しい風”の有難さがわかる。
近年は(新しいレパートリーの取り入れが)より顕著になっていて、バレエ団にいながらにしていろんな種類の踊りの中で自分を表現することができるんだ。
ベジャールフォーサイス、ノイマイヤー、ピナ・バウシュ、そしてマッツ・エック……」
ダンサーたちは、ふたつの舞台往来しながら、スタイルの異なる振付を次々と踊る。
主役級は「エトワール」(星:ダンサーの最高位)と称され、世界中のバレエ・ダンサーたちの、文字どおり星として輝く。 
 
現役エトワールでいちばん気になるのは、実は、アニエス・ルテステュ。
http://www.agnes.letestu.com/
アニエス (Agnes Letestu)は、1971年パリ生まれ。
12歳でパリ・オペラ座付属バレエ学校入学。1987年にオペラ座バレエ団入団。
1988年コリフェ、1989年スジェ、プルミエールを経て、1997年10月、エトワールとなった。
最初に見たのは『エトワール』での「白鳥」だが、そこでピンときたというより、昨年の公演後のつれの言葉が決定的。
いわく、
「エビかわいいの時代は終わった。
これからは気品、気高い女王の時代だ」
以来、彼女のノーブルと、腕が大好きになった。
今年の、そして私の2年計画の、もうひとりのアイコンともいえる。
 
彼女はスタイリストでもあり、舞台衣装をデザイナーとともに構想するという。

私がバレエを始めたのは、コスチュームに魅了されたこともあるのよ。
テレビでマーゴット・フォンテーヌが踊る『白鳥の湖』を観て、あの衣裳を着て、ヒロインを踊りたい!って

 アニエスのデザインの特徴はモダン・タッチ。
最初に手がけた『ラ・ファヴォリータ』では、チュールの素材の代わりにビニールのシャワーカーテン。
バレエ学校の公演『スカラムーシュ』では、デニムを使用した。
何点かを、上記公式サイトで見ることができる。
ただ奇抜なのではない、動きやすさ、愛らしいディテイルや鮮やかでいてシックな色調が、さすが踊り手、さすがパリジェンヌ
インスピレーション源はさまざまだが、デザインするようになって美術や本、映画を見る目が変わったという。
昨年末の『パキータ』の舞台に際しては、このように語っている。*2

役作りするのに、衣裳は大切よ。 その中で人物を感じることによって、役柄に入り込むことができるから。 赤を効かせた衣裳で、ジタンに育てられた娘の強さを。 ロマンティックな白いドレスで、貴族の気品を。 そして最後に金色のチュチュで、きらめくように……

(madame FIGARO japon 2007/11/20号より)

パリ・オペラ座
http://www.operadeparis.fr

日仏交流150周年記念 パリ・オペラ座日本公演2008
『ル・パルク Le Parc 全3幕』

18世紀のフランス風庭園が舞台の、男女の雅な恋愛遊戯。
モーツァルトの典雅な音楽を背景に展開されるゲームが、やがて、それぞれの肉体のすべてをかけてぶつかり合う激情へと高まる……
アンジュラン・プレルジョカージュ振付で1994年に初演された、オペラ座の重要なレパートリー。
5月23日(金)~25日(日)●Bunkamura オーチャードホール
http://ticket.rakuten.co.jp/pob/


■[乙女セレクション] パリ・オペラ座とバレエの歴史

王は踊る(Le ROI DASE, 2000年ベルギー・フランス・ドイツ合作)
政治の実権を握り、真の権力者になろうとする若きルイ14世と、音楽家リュリの秘められた愛と苦悩。
カストラート』のジェラール・コルビオ監督らしく、時代考証万全、高雅な踊りや当時のフランスの宮廷世界が復元されている。
主演は『年下のひと』『ピアニスト』の、美しいブノワ・マジメル
ダンスのみならず、ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティクヮ・ケルンによる、生き生きとしたバロック音楽にうっとりするはずだ。  

王は踊る [DVD]

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エトワール(Tout Pres de Etoiles, 2000年フランス)
300年以上の歴史を持つバレエ団、パリ・オペラ座の頂点――エトワールの輝きに魅せられたダンサーたちの、プロであるがゆえの苦悩と情熱、過酷な闘いを描いたドキュメンタリー。
タイトルは直訳すると「星たちのそばで」。
下位のダンサーへの視線もまた、限りなくあたたかい。
監督はベルトラン・タヴェルニエ(『田舎の日曜日』!)の息子ニルス・ダヴェルニエ。
のちに同じパリ・オペラ座のダンサーを主役に『オーロラ』(Aurore, 2006年フランス)を発表した。 

エトワール デラックス版 [DVD]

エトワール デラックス版 [DVD]

 

  
アニエス・ルテステュ-美のエトワール-(TDKコア)
アニエスが、現在に至るまでの道程を語るドキュメンタリー。
日々のレッスンやリハーサル、本番についての考えや、彼女の教師たちの声も収録。
「シェヘラザード」「ドン・キホーテ」ほか舞台映像も。 

アニエス・ルテステュ-美のエトワール- [DVD]

アニエス・ルテステュ-美のエトワール- [DVD]

 
*1 芸術と人生が密接に関わってくるフランス人の原点を見るようだ。
この種の映画を観ていると、歴史からすり込まれるように、芸術が心から尊ばれる国々がうらやましくなる。
日本でもパトロン、という概念は知られてきたけれど、芸術家・団体サイドからの訴えにしかならない。
それで、「品がない」ということになる。
また金を出したパトロンは、なんとか「元を取ろう」と自己主張するから、これは本当に品がない。
(フォン・メック夫人を見よ!)

*2 ジプシーに育てられた娘パキータと、フランス軍士官リュシアンの物語。
ロマンティック・チュチュとクラシック・チュチュがひとつの作品に登場するのは、衣裳の点でめずらしい。