【Art】21世紀の写字室 | 霧とリボン「スクリプトリウム II~音楽を記述する試み」
早いもので、「Salonette」をリニューアルしてから1年が経とうとしている。
ロゴをデザインしてくださった「霧とリボン」の直営SHOP “Private Cabinet”(東京・吉祥寺)も、まもなく1周年。
「物語をテーマにしたハンドメイド・アクセサリー、紙製品、オーガニック紅茶など、愛書家の日々を美しく彩る小間物類」でいっぱいの菫色の小部屋 “Private Cabinet” ではこれを記念して、デザイナー、ミストレス・ノールが愛する「音楽」をテーマにした企画展が、いよいよ開催される。
題して、《スクリプトリウム II~音楽を記述する試み》だ。
タイトルの由来は、修道院の写字室を意味する「スクリプトリウム」。
ウンベルト・エーコ原作の映画『薔薇の名前』などにも描かれているように、聖書の言葉は、長きに渡り修道士たちの手で壮麗に写字され、残されてきた。
有名なドイツの古い写本にあるように、「音楽」も同様だった。
「スクリプトリウムII」がやろうとしているのは、この美しい「写字文化」の現代版。
修道士のように聖書の言葉を写し、纏う試みを発表したHOLONの作品展「スクリプトリウム」(2013年・森岡書店)の第2弾となる今回は、「音楽の言葉(詩と楽譜)」を「カリグラフィ」と「装飾を重視したオリジナル・アルファベット書体」によって表現した作品を中心に発表する。
題材は、バッハやビーバーの宗教曲や、祈りの音楽を奏でるピアニスト久保田恵子、唄うたいユニット“アネモネ”の詩と楽曲だ。
なによりおもしろいと感じたのは、デジタルの書体デザイン(タイポグラフィ)を「21世紀の写字」と捉えている点である。
たとえば、冒頭のフライヤーに使用された作品は、タイポグラフィ制作者HOLONによる「Passacalia 2016」。
ビーバー作曲『ロザリオのソナタ集』より「パッサカリア」の楽譜の一部を作品化したものだ。
HOLONは、霧とリボンを運営するデザイン事務所。おもにブック・デザインに従事し、これまで1000冊以上の書物の装幀を手がけてきた。
「Passacalia 2016」には、教会建築の薔薇窓から着想したHOLONのオリジナル・アルファベット書体「薔薇窓」が使用されている。
ロザリオ(ネックレス)のようにデザインした五線譜に、音符に対応させた「薔薇窓」のパーツが並んでいます。「Biber」「Passacalia」の文字も「薔薇窓」で組み、宝石の煌めきのように配置。目に見えない音楽を平面作品として記述することを試みました。
まるで、中世の美しい装飾付きの楽譜のような、音楽への愛の表現ではないだろうか。
また、HOLONの「現代的な写字=デジタル書体デザイン」に対して、佐分利史子は「伝統的な写字=カリグラフィ文字」で作品を制作する。
「目に見えない音楽を平面作品として記述すること」。
そのひとつには、絵画やイラスト、マンガのなかでのイメージによる表現がある。演奏風景はもちろん、音の色や形、空気のゆらめきを描き出すことで、目に見えない音楽を平面にとどめる方法だ。
しかし、「スクリプトリウムII」の試みはじつは、音楽家により近い。
音楽家にとっても身近な「詩」と「楽譜」に向き合い、それを臨書のようになぞることで、音楽を平面に「再現する」。
「ヴァイオリニストにとっての弦と弓が、私たちにとっての紙とペンなのです」
という、ミストレス・ノールの言葉がこれを象徴している。
ノールさんのお話でもうひとつ興味深かったのが、30年ほど前、音楽レーベル「4AD」を中心にUKインディ・シーンで流行したというタイポグラフィ文化。
「英国ミュージックとグラフィックデザインのマリアージュは、いま思い返しても震えるほど先鋭的で感動的でした。あの時ほど、デザイナーという職業に強い憧れを抱いたことはありません」
という思いを伺い、私自身、その情熱に感動してしまった。
「スクリプトリウムII」は、先鋭的なタイポグラフィをレコードジャケットなどの形で「身に纏うこと」がミュージシャンにとっても重要だった時代の活気を、クラシックや現代の音楽で再現する試みでもあるのだ。
記述された「音楽」は実際に聴いてみたくなるのが人情。企画展では、久保田恵子とアネモネの音源(CD)も発売されるほか、会期中にはヴァイオリニスト藤井晴雄によるサロン・コンサートも開催される(5/4開催、詳細は下記)。
中世、バロック、20世紀、そして現代――いくつもの時代を超えてつづく、「音楽」と「詩」と「楽譜」の関係を再発見する作品展。
音楽と本を愛するたくさんの同志たちに、訪れてほしい。
霧とリボン 直営SHOP 1周年記念
イースター企画展
《スクリプトリウム II〜音楽を記述する試み》
音楽の言葉(詩と楽譜)を
カリグラフィ、タイポグラフィ、版画、刺繍で表現する美術展
2016.4.29(金・祝)〜5.8(日)
13:30〜19:30 *5月4日(水)休
[参加作家]
アネモネ(詩・楽譜・音源)
久保田恵子(詩・楽譜・音源)
佐分利史子(カリグラフィ)
藤井晴雄(ヴァイオリン演奏)
HOLON(タイポグラフィ・版画)
霧とリボン(刺繍・アクセサリー)
★イースターのサロン・コンサート:5月4日(水)
[PROGRAM]
カッチーニ(伝) ウラディミール・バビロフ「アヴェ・マリア」
バッハ「G線上のアリア」
バッハ《マタイ受難曲》より「憐れみ給え、わが神よ」
ヘンデル《セルセ》より「オンブラ・マイ・フ」
[日時]2016年5月4日(水・祝)
[昼の部]開場12:00 開演12:30
[夜の部]開場16:30 開演17:00
[会場]霧とリボン直営SHOP 2F
[定員]各回7名・先着予約制
[料金]3,800円(ハーブコーディアル、紅茶、洋菓子付)
[ご予約方法]
★ご予約開始日:4月16日(土)10:00〜受付
以下の内容を明記頂き、霧とリボンまでメール願います。
お名前・ご住所・お電話番号・お申し込み人数・ご希望の回(昼の部/夜の部)
[お申し込み先(霧とリボン)]
info[at]kiri-to-ribbon.com
→[at]を@に変換してください
[フライヤー作品解説(本展示出品作)]
HOLON“Passacalia”2016
「音楽を身に纏う」をコンセプトに楽譜をジュエリーに見立てたシリーズの一点。ビーバー作曲《ロザリオのソナタ集》より「パッサカリア」の楽譜の一部を作品化したものです。
教会建築の薔薇窓から着想したオリジナル・アルファベット書体「薔薇窓」を使用。ロザリオ(ネックレス)のようにデザインした五線譜に、音符に対応させた「薔薇窓」のパーツが並んでいます。「Biber」「Passacalia」の文字も「薔薇窓」で組み、宝石の煌めきのように配置。目に見えない音楽を平面作品として記述することを試みました。