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【Life】乙女ロード巡礼記


(c)宮本明來

ゼロ年代以降の「乙女」には、大きく2つの潮流がある。

1)後期オリーブ少女やゴスに代表されるサブカルチャー
従来の少女文化が、1990年代後半以降に、従来の少女趣味の枠にとどまらない多様な傾向を含む文化として再編されたもの。
2)女性オタク向けの小説やマンガ、ゲームなどの総称。

同じ名前を持っている以上、ふたつに双方向性が生まれることは必然であり、互いを差別したり意識してボーダーを作る必要はないはず。これが最近のわたしの持論だ。「ノイタミナ」や「二次元系ファッション」という現象も、これを立証している。
文化系女子腐女子は、ともに「乙女」を支える両輪として、もっと接近してもいい。

「乙女のクラシック」と改題してから1年余。
アントワネット、バロックを中心にゴスロリや宝塚まで、さまざまな「乙女」を追いかけてきたが、ずっと気になり続けている「乙女」たちがいた――そう、池袋に。
そこにいけばどんな萌えも叶うという、乙女の聖地、通称「乙女ロード」。
「妄想クラ女オタク系」において、「やおいは乙女の文化である」と結論してから、わたしは聖地に旅立てるときを虎視眈々と狙っていた。
そしてチャンス到来。旧友M(ピアノ教師兼オタク)の上京である。
「都内ならでは、かつ、ひとりじゃいけないところにいこうよ。たとえば…」
「たとえば…聖地?」
あうんの呼吸とはこのことだ。

ここで概略を説明しよう。
サンシャイン前交差点から春日通りに至る約200メートル、なんの変哲もないこぎれいな通りに沿ってアニメグッズ、中古コミックの店舗が点在している。世界的に有名な秋葉原と比べるとささやかな規模で、コスプレやゴスの少女も目立たないが、そここそがかの聖地「乙女ロード」だ。
1990年代初頭、アニメグッズの老舗「アニメイト」や同人誌・コミックスの専門店「ケイ・ブックス」がこの地に進出。当初は女性向けではなかったが、男性客が秋葉原に流出した結果として「乙女」に特化されていったといわれている。
乙女ロード」という名称が有名になって女性客が増えはじめた2006年、「オタク以外の女性も呼び込める場所を!」と生み出されたオアシス。それが、執事にかしずかれお嬢さま気分を味わえる執事喫茶スワロウテイル」である。
午前0時に繰り広げられる予約争奪戦を勝ち抜き、決行の日は9月25日となった。 

フランスで修行を積んだパティシエに手作りケーキを依頼し、紅茶も茶葉から厳選。
チッペンデールの落ち着いた色調で統一した店内に、マイセンやウェッジウッドなどの高級食器。
肝心の「執事」の教育には、国内外の一流ホテルの勤務経験者、皇族や賓客へのサービスの担当者などを講師に招き本格的な訓練を積ませ、テストに合格するまで店には出さないというこだわりよう。
調べていくうちに、われわれは一気に動揺した。
「Mちゃん、これは……こちらもそれ相応の“覚悟”でいかないとだめだわ!」
「か、覚悟とは……?」
「あちらが完璧な執事として対応するのだから、こちらもお嬢様として堂々と振舞わなければならないのよ! 着ていくものもデニムとかだめだからね、執事が許しても、このわたしが許さない!!」
「……(まいちゃんのコスプレ願望が噴出しちゃったよ)……え、で、なに着ていくの?」
「……なんか、ヴィクトリアンぽいの。シエルみたいなの……マントとか」
「マ、マントおおお!?」
旧友を混乱させながら、わたしは新たな難問に頭を抱えていた。
お嬢様として振舞うとはいえ、客としてはどこまでなりきればいいのか。敬語を使うべきか、使わぬべきか。さまざまな謎を抱いたまま、イメトレを重ねる。
そう、すべてはイメージすることからはじまる!(by オスカー・ワイルド

25日、当日。
高めのテンションのまま聖地に乗り込んだわれわれは、ランドマークたるアニメイトをひととおり眺め(土産として乙女ロードクッキーを購入)、まんだらけ、ケイ・ブックスといった同人誌専門店でガラスケース内のよしながふみ作品の美しさにため息をつきつつ、予約の時間を待つ。
いよいよ午後4時50分。
開いた扉の奥から響く、低く張りのある声。
「お帰りなさいませ、お嬢様」

ちなみにこの呼びかけは、何種類かのなかから予約時に選んでおく。
この日の担当はフットマンの遠矢(とおや)。バッグを預け、彼に導かれてふかふかの赤じゅうたんが敷かれた店内を進む。椅子を引かれて席に着くと、膝にはナプキンをかけてくれる。ひととおりメニューの説明を受けたあと、
「香りのよいハーブティは?」
と尋ねると、
「こちらの“プシュケ”など、お嬢様のイメージどおりかと」
迷いなく、薔薇と桃がベースの可憐なお茶を勧めてくれる。
夕方早めの時間帯を選んだのは、本式のアフタヌーンティを装いたかったからなのだが、量的に多めかも?という不安からクリームティ(スコーンと紅茶)の「ハムレット」に変更。それでもスコーンやプリザーブの味が選べたり、サラダやデザートまでついてくる。
スコーンの味はもちろん、わたしがこだわりたいのはプリザーブのクロテッド・クリームの味。これがとてもおいしく、英国本格派を語るプライドが垣間見える。

フットマンを呼ぶときは、卓上の真鍮のベルを鳴らす。
すると、背筋が伸びた独特の姿勢でお茶を注いでくれる。
すべるように静かな足運びに、斜め45度のおじぎ。紅茶の香りだけで種類が分かるという専門知識を持つため、紅茶専門店へ転職した「執事」もいたそうだ。
設定なのか素なのか、遠矢は新人らしく一生懸命だがちょっとドジっ子といったキャラで、先輩にこっそり注意を受けている様子も垣間見えた。脳内ドラマへの配慮も万全だ。
そんな彼の所作と、ときどきやってくる先輩フットマンの所作を見比べるだけでも、彼らが日々訓練を続けているということがよくわかる。ポットを持つ、意識が行き届いた指先の動きを見ているだけで優雅な気分。

満員の店内はすべてお嬢様と奥様ばかりだった。本を読んだり、おしゃべりを楽しんだりしているが、店内は静かでリラックスできる。
客までが上品になってしまうという、空間マジック。
80分の滞在で3000円弱。まったく高いとは感じず、人気ぶりにも納得した。
惜しむらくは、店内装飾が少々古めかしい(アンティーク大歓迎だが、マダムっぽいのはちょっと……という)点だ。
「(メイド喫茶の男性客と違い)女性は内装や食事、食器類などの要求レベルが高く、本格的でないと満足させられない」
と経営者側は“わかっている”そうだから、もう一歩だけ新鮮なホスピタリティ――たとえば店内の造花を小さくてもいいから生花のブーケにするとか、無理ならばいっそ取り払うとか――を追求してほしい。
これは、わがままな乙女の、愛ゆえの提言である。


執事喫茶スワロウテイル
http://butlers-cafe.jp/

(2008年9月27日「乙女のクラシック」初出)