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続 男たちよ!


敗戦前夜。鶴川村の白洲家。
居候の河上徹太郎が、ラジオから流れてきたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第3楽章にあわせ、トイピアノを弾いている。愛らしい音と巧みな腕前。聴き入る次郎。大根を洗う子どもたちの歓声。画面が移り、玉音放送を聴く正子の横顔。
印象深い演出だ。けっしてセンチメンタルではなく、からっとした、しかしたしかな夜明けみたいな。
「皇帝」は、アダージオの2楽章からなだれこむ3楽章の豹変ぶりをいかに鮮やかに聴かせるかという曲だと思うのだが、そういう意味でなんだか完璧な選曲だった。
次郎さん、時代は動くわ――。

ピアノ弾きてェなあ、書きたいって気が起こらんという徹太郎に、「お前は文士だろう、時がたてばまた書くさ。それまでお前の純粋な心を持ち続けていればそれでいい」と語る次郎さんに萌え。
書きたくて仕方がない正子を「せっかちが文章に出てるな」と一刀両断のてっつぁまにも、もちろん青山二郎にも、キリキリ痛いけど萌え。
「自分の決断に自信を持てよ」のおやじ(吉田茂)も萌え。
みんな悩みながら生きていたんだ、と思う。
30になっても、40になっても。前述の土方も、たぶん竜馬もすらそうだったのだろう、人間だもの。
正子の憂鬱にも焦点が当たって、よかった。正子は樺山伯爵家令嬢。皿洗いでもした日には鬼の首でも取ったような騒ぎようだったように、家事など無縁で一生を終えたひとだ。育児の大半もお付の女性に任せ、文章と骨董の修行にいそしめど認められず、悶々とする。

次郎さんがいなくなったら、わたくしは、どうすればいいんだろう
…わたくしは、なにものでもない

白洲次郎にfountain of my inspiration and the climax of my ideals(インスピレーションの泉であり、理想の究極)とまで言わしめた正子ですらこのありさま。すこしほっとする。

夫妻は、互いの分野に不可侵で、次郎さんは正子の書いたものをほとんど読んでいなかったという。徹底した個人主義。絶妙な距離感。異なる場所でそれぞれに活躍し、互いの領域には口出しないものの、互いに刺激し、尊敬しあう。これは至難の業だ。
大人になると、距離をとることはたやすくなる。かわりに、わたしは電話を切るとき相方にほかになにかあるか、と問われるのが苦手になった。なにか重大な事柄に関するディベートを期待されているようで、わたしはなにも言えなくなる。逆にはりきって知識をひけらかすと、優等生の回答はいらぬと切り捨てられる。当然の言い分だが手に負えず、へらず口をたたいて電話を切る。
ばかみたい、という女友だちもいるが、くやしいかそうではないかという問題は別にして、わたしはこういう男でないと満足できないのだ、ということを昔からわりと素直に認めている。価値観の問題かもしれないが、もしかしたら多くの女は、ほんとうは男と、男同士の友情のような関係になりたいのではないかと思う。
しかし女だからと庇護され、甘やかされることも捨てきれない。けっきょく中途半端なままで、なにものにもなりきれず、いまのわたしはあらゆることから逃げ腰である。
腹が立つので今日はサボってやろうと思いながら、男のことばを何気なしに思い出し、そんな自分にもう一度舌打ちした。本当に手に負えないのは、男に適わないことを認めてしまっている自分自身であることを、わたしはきちんと知っている。

次郎語り、ひとまず自省に終わる。原作は未読。
演出は『ハゲタカ』の大友啓史とのこと。このひとはもう、オヤジ萌えの名手に認定しましょう。*1
第3回は8月放送予定。



NHKドラマスペシャル 白洲次郎
http://www.nhk.or.jp/drama/shirasujirou/index.html

NHKドラマスペシャル 白洲次郎 DVD-BOX

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*1 『ハゲタカ』は、NHKが2007年2月から放映した、真山仁経済小説原作のドラマ。大森南朋柴田恭兵松田龍平をメインに、中尾彬菅原文太田中泯といった錚々たるオヤジたちの静かな戦い、熱い絆に萌える傑作。
国内外で高い評価を得たことから、東宝などにより映画化されることとなった。内容は、ドラマをほぼ踏襲した後日談。リーマン・ショックの発生で公開が遅れたものの、正式に6月6日と発表された。
http://www.hagetaka-movie.jp/